Search


2013年01月06日

復興支援の宝塚市職員 「大槌がんばれ」遺書残し・・・

時の流れ彷徨う思い、寄り添うことのできない漂う心・・・

復興支援の宝塚市職員自殺 「大槌がんばれ」遺書残し 2013年1月5日(土)15:25 (産経新聞)

 兵庫県宝塚市は5日、東日本大震災の復興支援のため、岩手県大槌町に派遣されていた同市の男性職員(45)が、宿舎として利用している岩手県宮古市の仮設住宅で首をつった状態で死亡していたと発表した。自殺とみられる。宝塚市によると、遺体が見つかったのは3日午後7時ごろ。2日から連絡が取れなくなったことを心配した家族が、宮城県南三陸町に派遣されている同僚に確認を依頼。仮設住宅を訪ねた同僚が発見した。遺書とみられる手紙も見つかり、「皆様ありがとうございました 大槌はすばらしい町です 大槌がんばれ!!」と書かれていた。男性の派遣期間は昨年10月から今年3月末までの予定で、土地区画整理事業などを担当していた。宝塚市役所で会見した中川智子市長によると、市長が年末に電話した際、「やっていることがどこまで役に立っているのか分からない」と話していたという。中川市長は「殉職というような思い。二度と犠牲者が出ないように他の派遣職員とも話し合いたい」と述べた。

震災から随分と時がたち、一部では復興の兆しや元気な便りなども見られるが、その一方では立ちゆかないはがゆさから、長期化する不安からの閉塞感や、心身の変調も見落としてはいけない時期ですね。


堀川ひとみ|灯して。 (撮影編集:ぷぷちゃん)

ここには意図せず亡くなってしまった命の重みも覆い被さる。だが、意図して自ら断ち切った命のことも決して悪く思うつもりはない。そのどちらも「失う必要などなかった命」、大切な命だったことを心に灯して、そのきらめきをしっかりと抱きしめて、愛おしく大切にして生きていきたい。未来へと生き継ぐ者たちの一人として・・・。

私は今自分自身の「鬱病」の状態もあまり安定していないことが多いため、「殺人」や「自殺」などのニュースにはあまり触れないようにしています。
でも今回はちょっと特別に、我が姫君:堀川ひとみの「灯して。」を献花にのかわりに添えておくります。

2011年04月07日

東北関東大震災応援ビデオ@ぷぷちゃん

東北・関東を中心とした、地震被災者への応援ビデオを作ってみました。ペンちゃんたちによる応援ビデオ。まずはこんなことしかできないけど、ぷぷちゃんの第一歩。基本的にはぺんちゃん(&他の生き物)たちが登場します。以前福島で撮影したPhotoなど色々なシーンが登場!!! Blog&ホームページ作成している方はどうぞ、自由に共有、公開してくださいね♪

“ぺんぎんたちからの応援”- みんな一緒にいるよ
2011年3月11日に発生した、東北から関東地方にかけての今回の大震災において、亡くなられた全ての尊い命に対してご冥福を祈ります。被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。そして復旧復興に向け動き出している方々に、心からの応援申し上げます。日本と世界が一丸となって、一日も早く、平安な日々が送ることができるよう祈ると共に、私も、できることからはじめたいと思います。- サイト『ぺんぷぷ』管理人 ぺんぎんぷぷ(ぷぷちゃん)http://penpupu.net/

2011年03月31日

繋がる喜び、不安と哀しみを乗り越える希望の光に!

★NTTグループが、PCメーカーらと協力して避難所に無料ネット開設★
東北から関東地方にかけての今回の大震災において、着の身着のままで避難所へ避難され、家屋も流され、大変な状況で過ごされていた方々に、少しづつではありますが、色々な支援の手が届き始めています。3月25日発表によると、NTTグループが中心となり、3月24日までに、避難所の多くに「無料インターネット」の提供が実現しました。

これにより、安否情報確認や、今自分が何をしたらいいのかなどの情報や、色んな支援の声が上がっているんだよというメッセージや、お互いに今「何をすべきか」を確認しあうことができるようになりました。日本中の人や、世界中の人がどんなに応援メッセージを送っても、当事者である方々に届かなければむなしいかぎりですよね。岩手出身のJリーグサッカー小笠原選手がメディアを通じて避難所でのテレビの設置を呼びかけていました。そんな中で避難所での無料インターネット設置はかなりの朗報! これにより「安否の確認がとれた」などの声も、必要な情報はもちろん、「ほっとするような」癒し系動画を楽しんだり、ゲームを楽しんだりという余裕も生まれているようです。

避難生活はまだまだ厳しいと思います、でもネットを通じて、ちょっと「ほっと」できることがあれば凄く心強く思います。苦しみや哀しみの上に、希望の光をあてていきましょう。「避難所でネットが使える・・・・」のは、かなり励みになるかと!

■インフラ提供(光&ADSL)
NTT東日本

■プロバイダー提供
エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社(OCN)
株式会社NTTぷらら(plala)

■ノートPC提供
株式会社東芝、日本電気株式会社、富士通株式会社
ノートPC 計 約1,650台

■無線LANルータ提供
株式会社バッファロー
無線対応ブロードバンドルータ 約1,000台

参考
http://www.ntt-east.co.jp/release/1103/110325a.html

2011年03月18日

東北関東大震災


★写真と記事は直接関係ありません★

2011年3月11日マグニチュード9.0という国内史上最大の地震が東北沖にて発生しました。また、その地震により、場所によっては観測所の「測定限界を超える」大津波が発生しました。地震、津波、そして火災、山火事・・・・。災害は幾重にも折り重なるように襲いかかりました。そして、余震だけでもマグニチュード7クラス(阪神淡路大震災に相当)が相次いで起きています。また、最初の地震があった場所以外でも、長野や静岡などで震度6強の地震が起きています。また今回の東北沖の地震では、福島の原子力発電所でレベル5に達する事故が起き、被害の拡大と救助や復旧作業に影響を及ぼしています。

NASAの観測では地球の形状軸(地軸ではない)が17センチ動き、自転が1.8マイクロ秒早まったとの発表がありました。この数値はすぐに日常に影響のでる数値ではありませんが、宇宙にぽっかりと浮かんでいて、たまたまもの凄い確率と偶然とで生命が誕生したこの地球・・・・。この地球は間違いなく今も生きて稼働していると実感しました。漆黒の宇宙の中で太陽の光を浴びて青々とした光を反射しながら、その内部ではマグマを赤々と燃やし、表層のプレートは今もなお「動き」を見せています。それが地球。


今回の災害におかれまして
亡くなられた全ての尊い命に対しご冥福を祈ります。
また、被災された全ての方々にお見舞い申し上げます。
一日も早く、皆様が平安な生活が送れるよう
心よりお祈り申し上げます。
そして、私は私で出来ることをしていきたいと心に誓います。

やはり
自然の脅威に畏怖の念を感じずにはいられません。

でも、私たちは、災害に最も強い日本人。
そして世界中が今一番応援している日本。

海外メディアなどでは、日本人が被災にあっても冷静沈着で規律正しくあることを大々的にとりあげています。略奪など起きず、互いに助け合う姿に驚きの声も。日本人は総じて自然災害時には、「何者かのせいにせず、ふってきたものを宿命として受け止め、互いに助け合い今の自分にできる最大限のことをみんなでする」唯一の国民と言っても過言ではありません。

さらに、今回はかなり多くの国と地域からの援助や救助、支援の申し入れがありました。国内外の企業、アーティストやアスリートたちからの応援や救援、義捐金など、とても心強く思います。でもまだまだ、被災され深刻な環境下での避難生活を余儀なくされている方々には、救援の手や、情報も行き渡っていないことも現実です。どうか一日でも、一分一秒でも早く、援助を必要としている人の元に必要な支援を、そして情報が届くことを祈ってやみません。



被災地域以外の方々への今できること!
まずは「平常通りの生活」をすること!
平常通り勤務や生活活動が可能な方は
まずは平常通りの生活を行うことが
復興への第一歩でもあります。

・現段階では「プロ」による救助と支援が必要なレベルです。
一般の人々が直接支援に向かったり、個別に支援物資を送るのは控えましょう。


・被災地域以外でもまずは「節電」を心がけましょう。
例えば西日本地区の各社電力会社からも東日本地区への電力融通もおこなっています。西と東では周波数の壁があり、融通が多少困難ではありますが、各社最大限の努力をしていますので、私たちはせめても、すこしの気遣いでできる「節電」を試みましょう。
・とは言ってもまずは「平常通りの生活」をすることが復旧への第一歩。むやみに暖房を切って風邪をひいてはもともこもありません。使ってない機器の電源OFFとか、トイレの電気の消し忘れとか、そういうレベルから始めましょう。みんなが「繋がる」ために!


・これまでに、電話や携帯電話の通信の確保はかなり進んできました。
・被災地からの「着信」のある可能性のある方々へ!
NTT東日本では、東北地方太平洋沖地震における通信サービス確保に向けた取り組みとして、現在、公衆電話の無料化、および特設公衆電話(無料)の設置を鋭意進めています。ところが、被災地の方がこれらの電話から安否連絡等をされた際、着信側の電話機(携帯電話を含む)や電話回線の設定が「発信者番号通知からのみ許可」等となっている場合、着信ができないことがあります。被災地から連絡が入る可能性がある方は、これらの設定をご確認いただき、「発信者番号非通知」及び「公衆電話」のいずれからも着信ができる設定としていただくようにしましょう。


・被災地区以外の方々は、お米や、水、乾電池、トイレットペーパーなどの、必要以上な買い込みはやめましょう。
・不必要な買い込みは「今、本当に必要としている人」に影響がでます。
・義捐金を装った詐欺にご注意ください。義捐金を送りたい方は信用ある団体または日本赤十字社などを通じて慎重に行って下さい。

私たちの地球号

その輝きを未来へと届けましょう。地球号に生きる全ての尊き命を乗せて^^

2006年07月05日

北朝鮮ミサイル6発を発射

北朝鮮が5日未明から朝にかけて6発のミサイルを発射。いずれも日本の国土から500~700キロ離れた日本海に落下。

発射時間は
(1)午前3時32分
(2)午前4時 4分
(3)午前4時59分
(4)午前7時13分
(5)午前7時30分
(6)午前8時20分 ごろの6回。

このうち3発目が「テポドン2号」とのこと。その他はスカッドCまたはノドン。着弾はいずれもロシア寄りの日本海で、アメリカの一部も射程に入る長距離弾道ミサイル「テポドン2号」の発射に対し、アメリカは「失敗だったとみられる」と発表。だが、・・・・・なんなんだコレは? 1発目の午前3時32分・・・・・。アメリカ東部夏時間4日午後2時32分・・・・アメリカ独立記念日にわきあがる、アメリカケネディ宇宙センターからディスカバリーが打ち上げられたのは、これとほぼ同時と言える4日午後2時38分(日本時間5日午前3時38分)。

ヤケクソの乱れ打ちとも思えない・・・・。ゼッタイ届かないスカッドCを日本海へ打ちまくり、ノドンにしても、まさか打ち込むつもりのないだろうロシア側へぶち込んだ・・・。まぁ、かなりの数の漁船や実習船(万景峰号も・・・・)が海に出てたわけだが・・・・・。きわめて危険な挑発行為であることは間違いないが、相変わらず意図もわからない行為につき、テポドン2号もアメリカが言うように本当に「失敗」なのか、「わざと」なのかちょっと不明・・・。日本上空を飛び越えて太平洋側へ着弾した、98年8月31日の「テポドン1号」の時と違って、どの国の上空も飛び越えてないので、2002年9月の平壌宣言(ミサイル発射の凍結の継続)にどの程度反するかは微妙。

元々戦争を始めるわけではないし、アメリカに振り向いて欲しいのと、むさい留輸出の営業パフォーマンスでもあるわけだからなぁ・・・・。ただ、今後も何するかわからないのは確かだなぁ・・・・。でも、韓国用スカッドC、日本用ノドンと違って、そうそう数があるものでないテポドンが日本海に沈んで、アメリカはちょっと余裕だったり?

北朝鮮ミサイル発射・日本海に着弾!?

今日午前3時32分、北朝鮮がミサイルを発射!?
日本海600キロあたりに着弾!?
テポドン2号かどうかの確認急ぐ・・・・。


 えっ!? テポドンだったら
      全然、飛距離出てないじゃん

・・・・・気持ちだけディスカバリー打ち上げに
           あわせたのかな???

アメリカは独立記念日だしなぁ

2006年06月22日

テポドン2号

最悪想定し対応準備
北朝鮮ミサイルで漆間警察庁長官
「警察庁の漆間巌長官は22日の会見で、北朝鮮が発射準備中とされる新型長距離弾道ミサイルについて「国内外の関係当局と情報交換をしている。発射された場合の最悪の事態を想定し、対応策を作っている」と述べた。
 漆間長官は「弾頭や破片が日本の国土に落ちることはあり得る」と指摘。その上で「落ちたかどうかの調査や救出活動、NBC(核・生物・化学兵器)の反応が出るかや回収作業などすべてを想定し、機動隊をどう使うかなどの計画を練っている」と語った。 (時事通信) 6月22日17時0分更新」

 当初「液体燃料注入から3日くらいで打ち上げないとサビてしまう」とか「よって、20日までに打ち上げない場合打ち上げない可能性も」とも言われていたが、技術力によってはそうでないとの見解から、より綿密な情報収集・情報分析・情報交換、外交努力などが急務となるこの問題・・・・さてどうなるのか? 先日千葉県飯岡町にて実用試験を続けているされている、将来弾道ミサイル防衛の“目”となる警戒管制レーダーFPS-XXも紹介されていたが、第一段階迎撃システム共々、まだ「実用」段階とは言えないからなぁ・・・・。どうか、打たないで(TT 万一打っても、日本はもとより人のいるところには落ちないで・・・・(TT

2006年06月17日

北朝鮮

6月15日、北朝鮮の金正日総書記の次男金正哲氏が、ドイツでエリック・クラプトンのコンサートを見ている映像が流れたかと思ったら、今度はテポドン2号・・・・・。組み立てを完了し、発射台に配備、液体燃料の注入も完了・・・・。液体燃料は注入後2~3日、3~4日で発射させないとサビの原因にもなるから、発射実験ももうまもなく??? う~む、脅しではなく、本気で発射する可能性が高まっているとの見方も・・・・・。あくまでも「攻撃」ではなく「実験」ではあろうけど、明日あたりにでも飛ぶのかな???? 日本海に設置を進めている第一段階迎撃システムの実践配備は早くて今年の8月予定だから、アメリカ本土までを射程距離におさめましたってデモンストレーションするなら、今なのかな????? うむむむ・・・。まぁ、本気で「攻撃」してくるとは思えないけど。

2003年11月06日

第37回東京モーターショー終わる


先日見に行った、第37回東京モーターショーが11月5日に閉幕しました。入場者数は142万400人に達し、年々減少していた入場者数から、どうにか増加に転じたもようです。東京モーターショーは「乗用車・二輪車」と「商用車」の隔年開催とのことですが、今年は「乗用車・二輪車」の年であり、入場者数はバブル期でもある1991年の200万人超がピークで、前回の「乗用車・二輪車」である2001年は、約128万人に伸び悩んだもよう。今年からは小学生以下を無料とするなど様々な取り組みも行われたことも、増加の傾向に転じる要因となったもようです。さて、来年は「商用車」の年・・・・とありますが、福祉車両車の展示などもあるもようです。どんな催しになるのでしょうか

第37回東京モーターショー終わるの続きを読む

2003年10月28日

あのビル


いつもBLOGを見ていただいてるみなさんには、もうおわかりかと思いますが、去る9月16日に名古屋市東区で「立てこもり爆発炎上事件」のあったビルです。今日あのビルの中の病院へ行ったら、外壁工事がおわっていました。

あの爆発のあった4階のあの窓にも、灯りがともり、それが外からもわかるようになりました。もっとも爆発の直後にチラリと画面に映っていた支店長さんが、もうここへかえってくることはありませんが、でも、人々の日常は確実にもどりつつあります。テレビにも映っていた1Fのコンビニエンスストア(開店前だった)も、やっと内装・陳列の続きが行なえるようになり、11月4日にいよいよ開店の運びです。

ちょっと角度を変えて

今日はちょっと角度を変えてもう一枚・・・・。っちょとわかりにくいですかねA(^ー^

2003年10月07日

カメラ付き携帯

最近、すっかり増えてきたカメラ付き携帯(私も使っていますが)。先日、水族館へ行ったら、みんな水槽の前で電話出してるんですよね。ある意味おかしな光景です。・・・・んでもって、そんな人たちをちょっと撮影してみました。ボーッと光っているのは水槽です。 先日の爆発ビルの時も、みんな携帯だして撮影していました。・・・・・って、私もそうなんだけどね(笑)

2003年09月26日

真っ白につつまれて


あの名古屋市東区の爆発したビルです。今日、また歯医者だったので行ってきました。先日父が「あのビル、今、白装束だね」といっていた通り、シートでくるまれていました。エントランスは閉鎖されたままだったので、通用口から入りました。通用口には「病院は開業しています」という張り紙がありました。今日は記名とかはしないで、そのままあいさつだけして入りました。

もちろん4階へは行かれません
あたりまえのことですが、エレベーターのボタンのところには、4階は押せないようになっており、「不停止」という文字がかかれていました。

2003年09月19日

爆発ビルにて

ビルの入り口です

本日、あの爆発炎上ビル内へ行って参りました!

正面エントランスは閉鎖されている為、通用口より内部に入ります。警察とビル側の警備との2重のチェックがあり、名前と行き先を書いて中へ入ります。とはいっても、特にそれ以上何かチェックされることはありませんでした。他の会社関係の人なんかはおそらく身分証明とか見せていると思いますが、2階の各医院の患者さんは「病院ですね~、恐れ入りますが、お名前と時間だけ記入してください」という感じでした。

エレベーターなどは通常通り動いているようでした。

エントランス内側より

エントランスの内部より外をみたところです。 携帯のカメラなのでちょっとわかりにくいと思いますが・・・・・。こちら側のエントランスは閉鎖されています。テレビでごらんになった方はサ○クスの向かって左側になります。 尚、このビルの1階のサ○クスまだOPENしていないのですが、ニュースで「1階のコンビニエンスストアなどはまだ営業ができない模様です」と言ってしまい、その後、訂正で「このコンビニエンスストアはまだOPEN前でした」というようなことを言っていました。OPENが何日予定だったかは忘れましたが、開店そのものは遅れるかも知れませんね。多分内装はほぼ終わって陳列前くらいだったと思いましたが。

その横のパソコン。スクールのア○バも、もちろんまだです。

待合室

待合室の様子です。ここは歯科の方ではなく、その隣の皮膚科の方の待合室です。消火作業が早くできたため、影響はまったくなかったようです。

歯科助手の方の話では、診察中ではありましたが、1人の人が「すぐ避難するように」と言いに来て、ちょうど治療もキリのよいところだったので、すぐに避難し、特に被害は何もなかったようです。

歯科、皮膚科ともに、医師とは特にその話はしませんでした。基本的には日常とさほど変わらない感じでした。窓を足場とシートで囲われてはいましたが、これ自体も、一見、よくある「ビル改装」とそれほど変わりません。上層階の様子はわかりませんが、今日あたりは、警官や報道陣よりもビル工事の人の方が多いので、特にそんな感じです。


とは言うものの、館内に火災の後の「きな臭い」においは、あちこちでしていました。
これは、2階から1階へ向かう階段部分です。このあたりは直接燃えたわけではありませんが、煙はかなり入ったはずです。殉職された警官の方はここのもうすこし上の3階と4階の間で煙にまかれて倒れての、一酸化炭素中毒死でした。あまり変なところへいくと怒られそうなので、ちょいと見渡せる範囲内で撮影をしてみました。

本日のビル外観です。

足場とシートで覆われ、地上から見た感じでは、あの時のようなおどろおどろしさは少し和らぎました。パッと見には「ちょっと黒ずんだビルの外装を直してます」という感じです。報道関係者は1~2社くらいがちょっと待機して少し撮影して去っていく・・・・・・といった感じです。上層階の会社の人も多少出入り
しているようでした(営業しているわけではないかも知れませんが)。でも、なんか皮肉なもので、このビルって、ビルの所有者が「第一●命」でその他にも入居しているのが「綜合●備保障」なんですね。


直接事件のあった階はまだこんな感じです。

でも、144リットル分のガソリンによる爆発にしては、これでも被害は最小限だったといえるのかもしれませんね。

死して語ることのない犯人にはもう聞くことができませんが、きちんと制服にみをつつみ、近所の有料駐車場に車を止め、ポリタンク8つ分のガソリンを台車で運び込み、テープとカウンターでバリケードを築き、刃渡り40センチの刃物とボウガンのようなものを抱えて、冷静にガソリンをまき・・・・・・

巻き添えで亡くなった警官の方と、人質となった支店長さんはもうもどりませんが、あたりの交通量はそれまでと変わらず多く、行き交う人も多く、この壁が修復され、事件のあった4階も次第に修復されていくことでしょう。

私、10年以上東京・渋谷区に住んでいて、やはり色んな事件とかありましたが、ここもやっぱり都会の一角だったんだなぁと、ちょっと実感してみました。

2003年09月18日

爆発ビルの歯医者!


爆発ビルの歯医者なんですが、なんと明日から営業!! 明日の予約は予定通りですという連絡がきました!! 明日あのビルへ行ってきます!! ドキドキ!!!!!


あの爆発のビル、1階、2階は早く復旧させるんでしょうね。今日はもう足場を組んで作業にとりかかっているようでした。でも、ここで明日、歯の治療するのか・・・・・・、なんかお口開くのちょっとイヤかも・・・・・・。

でも、ビル内に入るのね・・・・・やっぱりドキドキ!

2003年09月17日

あの事件の爪痕で


昨日の爆発炎上のビルです。

この事件では、結局3人死亡、41人重軽傷・・・・。テレビによっては救出劇を大々的に報じてた局もあれば、犯人に焦点をあてたものや、支店長や会社側のことを報じたものもありました。

知ってる方もあるかと思いますが、あの「救出劇」で救出されていたのは、2名 とも捜査官です(それがダメだというんじゃないですが)。撮影は中京テレビのクルーでした。また、東海テレビのクルーが、爆発直後の室内を撮影しており、 その中にあの支店長さんがまだ生きていて耳を(爆音から)ふさいでいるところが映っていました。よく戦争の報道なんかでももどかしく思いますが、そこに見えているのに助けられなかったという事実はとても残念でなりません。


担架で運ばれる人の映像もいくつか映っていましたが、最初の方の映像は、ほとんど消防隊か警官です。一般のけが人の人は、「やむをえずそこを通って、運悪く・・・・・」という人もいたかも知れませんが、多くは、あたりを取り囲むようにして事件を見守っていた人たちですね(この人たちももちろん救急車で運ばれていると思いますが)。ビル内の他の人は10時過ぎには完全退去していましたし、人質となっていた人たちは爆発の7分前には解放されていたので、巻き込まれていたのは捜査関係者以外は「野次馬」さんだったのではないでしょうか・・・・・?

やはりああいう時にそばでじーっと見ていると、けがをすることになってしまうので、本当はあまり行かない方がいいんでしょうね。私は、怖かったのでずっと家の中にただけですけど。

今日も捜査官がビルの中をくまなく検証しています。犯人が死亡してしまったので、爆発の直接的原因などは現場検証の結果が待たれます。事件の起こった背景なども、これから検証がなされていくのでしょうけれども、あの犯人の心の闇の中に何が起きていたのかだけは、もう誰にも知ることはできません。本当に火を放つつもりだったのかもわからないかも知れません。

個人的に気になっているのは、亡くなった捜査官がドアを開けた瞬間に爆発したといわれていることです。何らかの揮発系の油を蒔き、すでに約3時間。バリケードを築いていたことから考えても、室内にはかなり揮発性のガスが充満していたでしょう。最初に火をつけたのは犯人かもしれません、でも、爆発したのは・・・・・・なぞです。

近くのスーパーと家電のお店の契約駐車場には、今日も中継車がいっぱいいました。

2003年09月16日

爆発炎上!!


ぷぷのお家のそばで、ビルに男が立てこもり、爆発炎上です!! 予定ではそのビルの中の皮膚科へ行ってる予定でした。 立てこもりの30分くらい前にこの横とおりました。爆発の瞬間…こわいよ~ 私の家にもちょっと煙が入ってきたみたいです…

2003年09月12日

9月11日


これを書いているうちに日付が変わっちゃうと思いますが、9.11だったんですね。
☆アメリカ同時多発テロのこと☆
あの日は普通に(夜も深夜も)仕事してたのですが、あまりのことに数か月間ずっと立ち直れませんでした。ワールドトレードセンターへは何度か行ったことあったので余計です。

でも、それ以上に、今アメリカや世界がしていること、これまでにしてきたことについて考えてみてもいます…、日本のことも。
日本が今までに行なってきた侵略や奇襲攻撃のことも。
平和…それはどこか遠い「夢物語」なんでしょうか?

2003年09月08日

お台場で北朝鮮の工作船特別展示を見る


さていよいよ東京です。本来の目的地は、伊豆・石廊崎のジャングルパークなんだけど、その前にお台場の船の科学館で特別展示されている「北朝鮮の工作船」を見たくてまずは東京へ向かいます! 東京インターを、ETCで初通過します。世の中便利になりました・・・・・・が、このETCって、うっかりセットし忘れると大変・・・・・・・。


久々の首都高です。やはり首都高は道幅せまいです。旧ソビエトの映画監督、アンドレイ・タルコフスキーが、映画『惑星ソラリス』で未来都市を表現するために、この首都高を使った・・・・というほどの特殊空間(大阪万博での撮影を断られて急遽東京になったとかという話も・・・・・)。


今日は曇っているのでイマイチ写真がぱっとしませんが、やはり久々のレインボーブリッジです。お台場へ向かいます。惑星ソラリスの発表された1972年にはなかった風景ですね^^ 

ってなワケで、いよいよ北朝鮮の工作船登場~!!! 

お台場の船の科学館で行われていた際の北朝鮮工作船(不審船)の展示です。しばらく海没状態であったため錆だらけのうえに自爆したため、「船」というより「船の形をした空洞」という感じでした。・・・・・・・ブログOPEN最初の日記がいきなり、色気も何もなくってごめんなさい。本来なら、楽しいペンギン散策などをつづるはずが・・・・・・。

展示は2003年の5月から、9月30日までの予定(後に2004年2月まで延長されたようです)。6月に東京から名古屋に引っ越する前に行こうと思っていていけなかったので、やっと来れました~という感じ。


主要武器。対空用も兼ねているようです。


2001年12月22日、巡視船あまみ、きりしま、いなさが不審船からの攻撃を受けて被弾。その後、巡視船は正当防衛として射撃を行った。その後、不審船は自爆用爆発物によると思われる爆発を起こして沈没。これはその時の巡視船による被弾の跡。


上陸用のエアボートはなんと日本製!!!


水中スクーター。ダイビングなどマリンスポーツ用のものなら格好良くて楽しそうだけど、やっぱ軍事用のは怖い感じだね・・・・・。


軽量対地上ロケットやら、携行型対空ミサイルなど武器がいっぱいです・・・・。


「自爆」ボタンもある、各スイッチボックス。


通信機器も主に日本製。そもそも、船籍をカモフラージュした“不審船”が故なんでしょうけど、やっぱり性能とか使い勝手がいいからでしょうか???


身の回り品や食品など・・・・・・、しかし、「とりめし」に、「赤飯」って・・・・・・・。攻撃してきた異国の人々とはいえ、自爆した後、海に沈んだ多くの命のことを思うと、その所持品(いわば遺品よね)の中に、赤飯だなんて・・・・・・。

いつか人類に、真の意味で自由をつかめる日が訪れますように。そして地球上の全てに幸せが訪れますように。